「ごしゃぐ」という地域語の語源が何なのか、このところずっと考えていた。
小学校の頃などは、しょっちゅう大人たちから“ごしゃがっで”いた。
“叱られる”という意味のこの言葉、自分にとってはそれよりも“どやしつけられる”という意味合いで記憶されており、この言葉の背後には、日頃やさしい大人が急に大声を出してにらみつけてくる様子と、それにプラスして頭の上から落ちてくる拳固のイメージがつきまとう。
「先生にまたごしゃがっでよー・・・」
とか、血相を変えて怒る大人を見て密かに
「お、ごしゃいだごしゃいだ・・・」
と子供同士で囁きあったり、というような使い方をしたものだ。
また、祖父・祖母などは、腹が立ったりしたことについて話すときに「ごしぇっぱらやげでよー」というふうに使っていた。
Wikipediaで調べてみたところ、「「後世(ごせ)を焼く」の転訛と考えられる」とのこと。ほほ〜♪
「後世」とは、仏教における「三世」のうちのひとつである「来世(死後の世界)」のことであり、これはしばしば「後生(ごしょう)」とも言われるもの。沖縄で言う「グソー」ですね。
仏教では、人間が克服しなければならない最も根本的な煩悩が3つあるとされています。
それらは、貪・瞋・癡(とん・じん・ち。貪る、怒る、疑う)であり、これを人間の諸悪や苦の根源となる「三毒」としたそうです。
このうちの「瞋(しん)」とは、「瞋恚(しんに)」ともいい、人間の怒りの心をあらわしているのだとのことです。
そして、仏教を奉ずる者にとって、怒りに身をまかせることはすなわち、来世での安楽を焼き払ってしまうことだ――という教説があり、「後世を焼く」〜「ごしゃぐ」はこれに基づくものであると推定されるのだそうです。
ナルホド、仏教用語だったのですね。
怒ってはいけないのですね。あの世に旅立ってからの安楽が保障されなくなってしまうとなれば、死んでも死にきれませんからね。(笑)
長年の疑問が多少は氷解したかな。
そうそう、それから、福島県の一部の地方では、悔しく腹立たしいことを「ごせっぱらやける」と表現するのだそうです。我が家のルーツはけっして福島ではないのだけどな。山形でも近隣の高齢者は使っていたと思うぞ。
おれなんぞはまったく意味がわからないまま使っていた言葉だけど、おれの二代上の年代はその元の意味を知って使っていたのかもしれないな。
どうです。方言も悪くないでしょ?
おれも沖縄地方の地域語についてはある程度学んでいるつもりだけど、自分のところの言葉についてはあまりに当たり前のことなので、深く考えたことはなかった。
「汝の立つところを深く掘れ そこに泉あり」
沖縄学の父・伊波普猷の座右の銘を改めてかみしめてみる必要がありそうだ。
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「ごしゃぐ」2010/08/18 19:24
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